番外編 旧東海道ーMTB(関宿)

関宿に入ってしばらくすると東の追分が出てきます。





関宿、東の追分 一の鳥居です。ここから鳥居をくぐって南下すると伊勢別街道
(関宿~津、江戸橋で伊勢街道へつながる)の始まりです。
この鳥居も、桑名の七里の渡しの鳥居と同じく伊勢神宮の式年遷宮の時に古い鳥居が
移築されます。

それにしてもここは今も昔も交通の要所なのか写真撮影中にも鳥居を通過していく
車両の多いこと。なかなかゆっくり写真撮影出来ませんでした。
東の追分の詳細が知りたい方は下記画像をご覧ください。







いかにもな感じの景色です。関宿の古い街並みは馬篭や高山などと比べても
遜色ないくらいにいい感じです。




しかも大半の建物は今でも普通に人の営みがあるようです。




この辺りではメジャーな百五銀行です。景観に配慮された立派な建物ですね。
(もちろん当時の建物ではございません)



関街並み資料館ってところを見つけたのでちょっと寄り道します。
入館料300円(街並み資料館、旅籠玉屋歴史資料館共通)
この資料館は江戸末期の関宿を代表する町屋建築のひとつだそうです。
ちなみに写真に写っている方は愛知から来られた方でこの後見学する歴史資料館でも
一緒なり少しですがお話させていただきました。全く知らない方とお話出来るのも
旅の面白さですね。
それでは少しですが資料館の中の画像をご紹介します。






小さな中庭





江戸時代の建物によくみられる箱階段。
今でいう階段下収納ですね。



当時のかまど。そのほかにも当時町屋で使われていた様々な道具が展示されていました。




そこで展示されていたかなり古そうな東の追分の写真。

いつ頃の写真なのかは記されていなかったと思われますが
鳥居と大きな灯篭の様な物との構図は現在も変わっていませんね。



資料館から外へ出るとやっと雨が上がっております。
なので気持ちも上がってきます。



関の街並みが一望できる、「眺関亭」からの景色。
鈴鹿峠方面の山々も見えてきました。
この建物1階には休憩出来る場所が設けられておりかなり広い空間があります。
そこで濡れたヘルメット、ゴーグル等を整えてザックへ収納しMTBを駐輪して
徒歩にて引続き関宿探索へ出かけます。




立派な建物です。こちらのお宅も現在も住居として使われている様子です。
中はどんなふうになっているのかちょっと覗いてみたくなってしまいますね。
この建物の紹介は下の画像でご確認ください。







「関宿旅籠玉屋歴史資料館」に到着。
「関で泊るなら鶴屋か玉屋、まだも泊るなら会津屋か」といわれる位に当時から
有名は旅籠(旅館)だったようです。
外観も当時の面影が強く残っている感じですね。
それではしばし中の様子をご覧ください。





ここが玄関、今風で言うとエントランスホールでしょうか。
このような場所で旅人が荷物を下ろし足を桶で洗う広重の東海道53次関宿の画がここの
入館チケットに描かれています。








玄関を入って奥に進むと「帳場」といわれるところにちょっと不気味な人形が鎮座
されています。ちょっとビビります。
今でいう受付、フロントでしょうか。当時はここでお会計をしていたのでしょう。








とっくりや食器などが整然と置かれております。
すぐ横は土間になっておりかまどなどがありますのでいまで言う厨房でしょうね。





土間です。左奥にはお風呂もありました。





離れの建物との間にある中庭。雨にぬれる庭石、草木、侘びさびを感じますね。





ややピンボケですが離れの和室。当時の客室だったのでしょう。





2階へあがってみます。




お膳が並べられています。当時の旅人はどんな料理を堪能していたのでしょう。
しかしこのお膳の感じは今でも和風旅館の朝食や旅館大広間での宴会などでは見慣れた
風景ですね。この当時から現代まで続いている日本の風景なのでしょうね。





客室での寝床の再現ですね。
水戸黄門などの時代劇を思い出したのは私だけでしょうか?




2階部分は明治時代に造られたそうです。





この玉屋さんの古い写真が展示されていました。
自転車や人の帽子の感じから大正時代位の写真でしょうか?
建物の感じは今とほとんど同じですね。




資料館から外へ出るとさっきまで止んでいた雨がまた降ってきていました。
なので登山用のモンベルのパーカー(立派なカッパの様な上着)を着てさらに
散策を続けます。
お茶屋さんのようです。お茶の良い香りが辺りに漂っておりました。




名物「志ら玉」という餅菓子を売っているお店です。




しばらく進むと大きなお寺が見えてきました。

「地蔵院」国の重要文化財に指定されているお寺だそうです。






さっきのお寺のそばに趣のあるそば屋さんがあります。
看板は「あいづや」と書かれています。
「関で泊るなら鶴屋か玉屋、まだも泊るなら会津屋か」と言われたあいづやと
思われます。
ちょうど時間もお昼過ぎでおなかもすいておりここで昼食をしてみたかったのですが
写真でも分かるくらい普通に雨が降っておりビタビタのカッパ姿で入店する勇気がなく
写真を撮るだけで通過しました。






あいづやを過ぎるとお店などは無くなり静かな街道へと変わって行きます。
雲に霞む鈴鹿峠付近の山が見えてきます。
もうすぐ西の追分です。



西の追分に近いところにある立派な建物。当時は料亭だったそうです。
詳しくは下の画像の看板でご確認ください。










西の追分に到着。無料の休憩施設があります。
相変わらずの雨の為しばらくここで雨宿りがてら休憩をします。







当時の建物を利用したなかなか立派な休憩施設です。
畳の部屋で休憩出来るようです。本当は畳の上で大の字に寝ころびたいところですが
雨に濡れてビタビタの私は土間にあるベンチに腰掛けて持参したおにぎりを
ほおばりしばしの休憩をしました。





休憩施設を出ると国道1号線と旧街道が交わるところの信号機が見えています。
あの交差点が本当の西の追分です。左方向へ大和街道の分岐点です。






ここが本日の最終地点、次回はいよいよ東海道の箱根峠に次ぐ
天下の難所、鈴鹿峠へチャレンジです。
ってことで、この日は雨で完全に体が冷え切っており車までMTB自走で
帰る気力も有りません。なのでJR関駅にMTBを置いて電車で井田川駅まで
戻り車に乗って関駅へ戻りMTBを回収するという予定に変更しました。




関宿からJR関駅まではMTBで5分もかからないくらいで到着。




屋根のある駐輪場もあり完ぺきです。
盗難防止の為、前輪を外し持参したワイヤーロックを駐輪場の鉄パイプへ通します。
それとアクスルシャフトは持ち帰ります。
駐輪後、駅舎に入って時刻表を確認するとなんと平日のこの時間帯は電車が来るのは
1時間に一本の間隔です。
で次に来るまで50分待ちとのこと。
この冷えた体で50分じっと待っているのもまた苦痛です。
なので悩むこと無くそのまま駐輪場へ戻り、MTBを組み立て直し国道1号線で
車まで戻ろうと決意しました。






ひたすら休憩なしに全開で漕いで雨の中の国道1号線を東に向かいます。






雨の中走ること45分で車に到着。電車を待つより速く到着しました。
結局今日はほぼ1日雨に降られました。
なかなか寒くてしんどい行程でしたが達成感はあった旅でした。
次回は三重県の東海道最終地点の鈴鹿峠へ向かいますのでお楽しみに。



続く



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